藤森秀夫の「めえめえ児山羊」は、大正十年四月号の
『童謡』に、本居長世の曲と共に載りました。
本居の曲は明るく楽しく、三女の本居若葉がうれしそうに
歌っていました。
しかし終戦直後から川田正子がNHKのラジオでよくうたうようになり、
全国的に流行、今日も盛んにうたわれています。
しかしこの童謡はドイツにその原型があるようです。
『少年少女世界文学全集』第50巻では「少年の魔法の笛から」として
「メーメー子ひつじ」の題で山室静の訳がありますし、
『世界童話文学全集』第18巻には、ゲオルク・シェーラー作上田敏郎訳
「子やぎ」として似たようなものが載っています。「少年の魔法の笛」
は、ブレンターノとアルニムという詩人が十九世紀のはじめに編んだ
ドイツの民謡集で、子どもの歌も入っています。
メー、小ひつじ、メー
小ひつじが森の中で走ってた
すると小石につまずいて
おおいた、足をいたくした
それで小ひつじはメーとないたの。
メー、小ひつじ、メー
小ひつじが森の中で走ってた
すると木のかぶにぶつかって
おおいた、頭をいたくした
それで小ひつじはメーとないたの。
メー、小ひつじ、メー
小ひつじが森の中で走ってた
すると小やぶにぶつかって
おおいた、おなかをひっかいた
それで小ひつじはメーとないたの。
というのです。
上田敏郎の訳も同じようなものです。それを藤森が自分の謡に作り直したのでしょう。
藤森は帝大独文科出身で、長い間富山高校(今の金沢大学)のドイツ語の教師を勤め、
ゲーテの詩の研究者として有名でした。
『童謡』には四十篇ほどの童謡を発表していますが今うたわれているのは
「めえめえ児山羊」だけです。この謡の長所も短所もそれは方言の使い方にあります。
株つ、あんま、とつて、など意味のよく判らないことばが出て来ます。方言はうまく
使わないと謡が死んでしまいます。